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施設案内

当館は、明治17年に結東校として開校し、108年の歴史を刻み、平成4年に廃校となった 小学校を改装した宿泊施設です。
廃校になった後、地域の住民のよりどころとして長年親しまれてきた校舎の再利用が望まれ、
平成5年に結東温泉・かたくりの宿として生まれ変わりました。 >>かたくりの宿の歴史はこちら
平成20年に1年間休業となりましたが、平成21年「大地の芸術祭」をきっかけに新たなスタートをきりました。
秋山郷の豊かな自然や奥深い文化にふれながら、ゆっくりおくつろぎいただけます。

建物・設備
  • 木造2階建て(669.03m2
  • 体育館(119㎡)
  • グラウンド(1,070m2
  • プール(本間純アート作品展示)
  • 駐車場 約20台(駐車料金無料)
  • 客室(和室7部屋)
  • 温泉浴場(結東温泉)
  • フロント
  • ロビー
  • ショップ
  • 食堂
  • 洗面台
  • トイレ:和式、洋式(洗浄機能なし)
「かたくりの宿」館内イメージ
客室
【和室7部屋 (最大収容人数37名)】
  • 8.75畳(最大4名)  2室
  • 10畳 (最大5名)    3室
  • 14畳(最大7名)    2室
【客室設備・備品】
テレビ、暖房器具、卓上鏡、ポット、お茶セット、羽毛布団
*トイレ・洗面台は共用です。
【アメニティ】
バスタオル、タオル、歯ブラシ、浴衣、丹前
かたくりの宿 客室アメニティ
かたくりの宿 客室
ご入浴
【結東温泉】
  • 泉質  ナトリウム・カルシウムー塩化物・硫酸塩泉  泉温39.5 度
  • 効能  きりきず、やけど、慢性皮膚病、神経痛、筋肉痛、五十肩、冷え性など
【お風呂設備・備品】
男女別内風呂・半露天風呂、シャワー3台、リンスインシャンプー
ボディーソープ、石鹸、ドライヤー、綿棒
【入浴時間】
  • 夕・夜    15:00 ~ 23:00
  • 朝       6:00 ~  9:00
【日帰り入浴】
  • 繁忙期(7/16~8/21 10/22~11/13)の土日祝のみ
    10:00~16:00
  • 入浴料金   大人400円  小学生300円
*タオルはご持参下さい。
*お部屋を使った個室での休憩利用は行っておりません。
「かたくりの宿」ご入浴施設
お食事
地元津南町では、山からは山菜やきのこが採れ、綺麗な水と良い土からは美味しいお米や野菜が育ちます。
豚肉や牛乳、お味噌なども地元産のものを使い、津南町の大地の恵みを十分味わって頂けるよう、心をこめた手作りのお料理でおもてなし致します。旬の野菜をふんだんに使ったお料理をお楽しみ下さい

夕食一例

(御夕食一例)
【前菜】枝豆豆腐 揚茄子・ししとう行者にんにく浸し 岩梨赤紫蘇寒天 ピーマン海苔和え さつまいももちきび和え
【蒸物】 冷し茶碗蒸し 津南産とうもろこし入り
【酢物】 出雲崎産もずく 花甘草 オクラ
【揚物】 舞茸 南瓜 藤豆 山ぶどう天ぷら 木の芽塩
【主菜】 つなんポーク 蕎麦の実包み焼き
石垣田産コシヒカリ 米麹漬 味噌汁
【甘味】 夕顔入 津南牛乳プリン 桑の実・赤物・ルバーブジャム添え
夕食一例

(御朝食一例)
・鯵 スクランブルエッグ 根曲竹 小芋煮 酢どり茗荷
・モロッコいんげん えごま和え
・長芋とみずのとろろ
・大豆酢醤油漬 ふきみそ またたび漬
・石垣田産コシヒカリ 米麹漬 味噌汁
【素泊まりをご希望のお客様へ】
かたくりの宿周辺には、飲食店がございません。
公共交通機関でお越しのお客様には、お食事付のご宿泊をおすすめいたします。
注意事項
  • チェックイン   15:00 ~
    チェックアウト  10:00
  • 館内禁煙
       煙草は屋外にある喫煙所でお願いいたします。
  • アルコールの持ち込みはご遠慮ください。
  • ペットの同伴はご遠慮ください。
  • 布団の取り扱いはお客様のセルフサービスでお願いいたします。
  • 館内は23:00で消灯いたします。
       木造校舎のため音が響きますので、お休みの方、ご近所の方にご配慮ください。
  • 手荷物等は各自での管理をお願いいたします。
電話
携帯電話は、docomoのみ通話可能です。つながりにくい場合は電話を貸出しますので、お申し出ください。
周辺情報
【秋山郷】
秋山郷とは、結東集落を含め長野県へ伸びる国道405号沿いに点在する12の集落の総称で、日本の秘境100選にも選ばれています。集落で古い生活様式が残っており、地域独特の文化に触れる事ができます。 また、苗場山への登山や、中津川渓谷での釣り、野鳥観察もでき、沢山の観光客やカメラマン、登山客が訪れます。
【石垣田】
結東集落の一角に広がる石垣で組まれた棚田。飢饉で食糧がなかった時代、この険しい山地に田んぼを作る為に開発。石が多い土地柄であった為、その石を利用し石垣田を作ったようです。全国農村景観百選に選定され、石垣田の中を通る道はトレッキングコースの通過路になっています。

石垣田

【見倉橋】
新潟の橋50選に選定された吊り橋。 橋下に広がる中津川渓谷の景観は絶景で映画「ゆれる」の舞台にもなりました。 小学校が開校していたころ、橋の先にある見倉集落から1時間かけて子供たちが通っていました。

見倉橋

【見倉のかたくり】
かたくりの花

近くに咲く「かたくりの花」
かたくりの宿の名前の由来です



苗場山

苗場山

秋山郷見倉地域には知る人ぞ知るかたくりの群生地があります。かたくりの群生はトレッキングコース内にまで広がり、トレッキングとともに楽しむことができます。かたくりは山野に群生する多年草で、雪解けとともに姿を現すことから、「早春の妖精」と呼ばれています。見ごろは4月下旬~5月上旬です。
【生蜂園】
秋山郷産の蜂蜜のお店。お店の阿部さんは秋山郷の文化や自然を記した「ふるさと紀行」「ふるさと散歩」の著者です。
【トレッキングルート】
(1)石垣田トレッキングコース(片道約1時間)
(2)萌木トレッキングコース(約1時間)
(3)出会い坂トレッキングコース(往復1時間30分)
(4)見倉トレッキングコース(片道1時間40分)
【登山】
苗場山(標高2145m)
長野県と新潟県にまたがる名山。600ヘクタールに及ぶ広大な湿原には、大小様々な地塘と高山植物が咲き誇ります。
鳥甲山(標高2037m)
2つの登山ルートがある鳥甲山は、第二の谷川岳といわれるほど岩壁が険しい。途中にある万年雪が清涼感を呼びます。
佐武流山(標高2191m)
登山道は川越あり、急な坂道ありといった上級者向けです。山頂からの眺めは絶景。
【人物】
鈴木牧之―「秋山紀行」「北越雪譜」で秋山郷を紹介した江戸時代の商人、文人。
佐藤佐平治―天保の飢饉の際、この地域を救ってくれた方。かたくりの宿の裏に石碑があります。
大地の芸術祭作品
本間 純
「Melting Wall」
(大地の芸術祭の里最南端の作品)
本間 純「Melting Wall」(大地の芸術祭の里最南端の作品)
かたくりの宿の歴史
明治17年(1884年) 民家にて結東校を開設する
明治23年(1890年) 校舎を新築(矢平、登止地区)
明治25年(1892年) 極僻地のため、義務教育免除地に指定される(以後43年間)
昭和7年(1932年) 現在地に校舎新築
昭和11年(1935年) 秋山郷への道路が開通
地域の猛然運動の結果、義務教育免除地域指定解除
昭和12年(1936年) 秋成村立秋成尋常高等小学校第二分校が発足
昭和30年(1955年) 町村合併により津南町立秋成小学校結東分校、
津南町立中津中学校結東分校となる
昭和31年(1951年) 2階建て2教室増築
昭和32年(1952年) 体育館、便所新築
昭和33年(1953年) 旧体育館を改築し2教室と教務室へグラウンド拡張工事
昭和35年(1960年) 給食室、かまど改良工事
昭和38年(1963年) 風呂場設置
昭和40年(1965年) ピアノ開き
昭和41年(1966年) 中津中学校結東分校閉校(本校へ統合)
鼓笛隊デビュー
昭和42年(1967年) 義務教育免除地指定解除30周年記念式典
「明日をめざして」像除幕式
完全給食実施
昭和48年(1973年) 秋成小学校より分離独立 津南町立中津峡小学校となる
昭和61年(1986年) 休校
平成4年(1992年) 閉校
平成5年(1993年)  ふるさと資源活用事業で「かたくりの宿」として生まれ変わる
平成13年(2001年) 「21世紀 明日をめざしての集い」開催
<義務教育免除地指定について>
ここ結東集落を含め13の集落が、明治25年、極僻地であるがために義務教育免除地に指定されました。以後、昭和11年に解除されるまでの43年間(1集落のみ昭和6年解除獲得)、教育の恩恵を受けられませんでした。
義務教育免除地に指定されるということは、集落の人々にとって、死にもひとしい宣告であり、現代の飢饉ともいわれました。
その43年間は、義務教育完全実施を求め続けながら、私設小学校設置で寺子屋式の教育が続けられました。地域の有識者を先生として立て、学校教育関係の費用(設備・消耗品)は集落が負担し、教師の給与や食事や衣服も賄っていました。しかし、「読み・書き・そろばん」といった実用教育だけで、人間形成の教育ではありませんでした。
また、集落の負担は大きく、卒業証書がなかったため、就職や中学入学に不利な点もあったようです。
集落では村の会議や村の議員を個別訪問して教育の必要性を説明し、署名や嘆願書を提出し、県の視察も仰ぎました。そして、昭和11年、ようやく義務教育免除の地解除を獲得しました。
<明日をめざしての集い>
昭和42年、義務教育免除地指定解除30周年記念の式典が行われ、校庭に「明日をめざして」の像が建設されました。埋め込まれている石は子供たちが中津川から拾い集めたものです。当時の先生方や父兄は「たとえ僻地で恵まれない環境であっても、子供たちに夢を持ってもらいたい。明るく素直に育ってほしい。」と考え、教育に力を注いできました。その成果もあり、子供たちは、山の小さな分校の子でも、「こんなことができるんだ」、「自分たちにもできるんだ」と自信を持つことが出来たようです。そして、「明日をめざして限りなき前進を誓おう」という発想のもと、結東分校のシンボルとして、また結東の地を巣立つ人みんなの心の故郷として「明日をめざして」の像が建設されました。その像の裏には「西暦2001年秋分の日に集うことを誓う」と刻まれ、21世紀突入の年の秋分の日、偉大にならなくても、とたとえ出世しなくても、各人が精いっぱい前進した姿で元気に再会しようという願いが込められました。そして、平成13年(2001年)の秋分の日の9月23日、34年前の願いどおり、約100名の卒業生、学校関係者がかつての学校に集まりました。
<学校への想い>
教育の尊さを身にしみて味わってきた集落。それだけに教育を受けたい、教育を受けさせたいという思いは誰よりも強く、子供にかける期待も大きかったようです。
新しい教育を受けた子供たちは集落には残りません。それぞれの夢を追って都会へ出てゆきますが、家族はそれも教育を受けた成果だと思い、黙って見守ってきました。
集落の人々の心のよりどころとしてまた、コミュニティーの場として長年親しまれてきた学校ですが、時代の流れとともに過疎化が進み、昭和61年に休校、平成4年に閉校となってしまいました。明治23年の創立以来、痛みに耐えながら教育の礎を築きあげてきたことを想うと集落の人々にとっては断腸の思いだったようです。
その校舎の再利用が強く望まれ、平成5年に「かたくりの宿」として生まれ変わりました。秋山郷の玄関口として大地に根をはり、雪深い自然と独特の文化に触れられる体験交流施設として再出発することになりました。集落の人々はこのかつての校舎に多くの人が来てくれることを願っています。

石垣田